岐阜地方裁判所 昭和57年(ワ)535号 判決 1983年11月25日
原告
澤田正
ほか二名
被告
小島正昭
主文
一 被告は、
1 原告澤田正に対して、金七三万九三二〇円とこれに対する昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を
2 原告澤田正子及び同澤田冨士子に対して、各金二五万四六六〇円ずつとこれらに対する昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を
それぞれ支払え。
二 原告らの被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを六分し、その二ずつを原告澤田正及び被告の、その一ずつを原告澤田正子及び同澤田冨士子の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、原告らにおいて、仮にこれを執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は
(一) 原告澤田正に対して、金二六〇万七一一〇円とこれに対する昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を
(二) 原告澤田正子及び同澤田冨士子に対して、各金一〇五万八九五五円ずつとこれらに対する昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を
それぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの被告に対する請求は、全部これを棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 昭和五六年一〇月三一日午後五時二〇分ころ、岐阜市野一色七丁目五番一四号地先の東西に通ずる県道一五二号線(通称県道岐阜~各務原線)道路(総幅員が約一〇メートルの歩車道の区別のある道路で、右総幅員のうち、車道部分の幅員が外側線部分をも含めて約七・三メートル、北側歩道部分の幅員が約一・五メートル、南側歩道部分の幅員が約一・二メートルである。なお、車両の制限最高時速は四〇キロメートルである。以下、この道路を単に「本件道路」という。)上において、一輪車を手押しながら歩行中の澤田あき子(大正一二年一月一〇日生れ、以下、単に「あき子」という。)が、該道路上を東進してきた被告運転の第二種原動機付自転車(各務原市か二八六二号、以下、単に「加害車」という。)に衝突されて、頭部外傷・脳挫傷・頭蓋底骨折等の重傷を負い、そのために、あき子は、昭和五六年一一月五日午後四時三五分その入院先において死亡するに至つた(以下、上記事故を単に「本件事故」という。)。
(二) 本件事故に遭遇する直前、あき子は、本件道路車道上の左寄り(北側)部分をその左側にある歩道部分に沿つて東方に向つて歩いていたもので、被告は、その運転にかかる加害者の前部をあき子の後方から同女に追突させて、本件事故を惹起したものである。
2 責任原因
(一) 本件事故は、被告がその所有にかかる加害車を自己のための運行の用に供して本件道路を進行していた際に惹起したものである。
(二) しかして、本件事故は、被告が、右(一)のごとくにして加害車を運転するに際し、自動車運転者に課せられた基本的な注意義務である前方注視の義務を怠つたために、折から進路前方を歩行中であつたあき子の姿を発見するのが遅れ、その結果、あき子の後方から同女に加害車を追突させたことによつて惹起されたものに外ならないから、まさに被告の一方的な過失に起因するものというのほかはない。
(三) されば、被告が、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法(以下、単に「自賠法」という。)三条に基づいて、本件事故に起因して、あき子が被つた全損害は勿論、さらに、その親族である原告澤田正の被つた全損害をも賠償すべき責任を免れ得ないものであることは明らかである。
3 あき子の被つた損害
(一) 逸失利益の合計額は金七六九万四八二〇円で、その内訳は左記(1)及び(2)のとおりである。
(1) 死亡による逸失利益金七六五万九七三一円
(ア) あき子は、大正一二年一月一〇日生れの女子で、本件事故当時五八才の健康な主婦であつた。
(イ) あき子は、前記のごとく本件事故当時五八才の健康な女子であつたから、もし、本件事故に遭遇して死亡するというようなことがなかつたならば、以後、少なくともその平均就労可能年数である九年間にわたつてて主婦として働くことが可能であつたものというべく、この間、当該年令に相応する女子労働者の平均賃金額と同額の利益を挙げることができた筋合というべきである。
(ウ) ところで、昭和五六年(本件事故発生の年)度の賃金センサスによれば、同年度における五八歳の女子労働者の平均賃金年額が金二一〇万四九〇〇円であつたことは明らかであるから、あき子の右平均就労可能年数九年間の逸失利益について、前記平均賃金年額を基礎とし、かつ、ホフマン式計算法による年五分の中間利息及び生活費割合五割をそれぞれ控除して、右の逸失利益額を本件事故当時の現在価額に換算すると、これが金七六五万九七三一円となることは左記計算式(なお、本件における新ホフマン係数は七・二七八である。)に徴して、きわめて明らかである。
2,104,900円×7.278×0.5=7,659,731円(但し、円未満切捨て、以下同じ。)
(2) 本件事故日から死亡日までの間の逸失利益金三万五〇八九円
(ア) あき子は、本件事故日から前記死亡日までの前後延べ六日間にわたつて入院して治療を受けたため、この間全く働くことができなかつた。
(イ) しかして、右六日間にわたる入院・治療期間を通じて全く働くことができなかつたことに起因するあき子の逸失利益額を前記(1)の(ウ)の平均賃金年額金二一〇万四九〇〇円に依拠して算出すると、これが金三万五〇八九円となることは左記計算式に徴して、きわめて明らかである。
2,104,900円×1/12×6/30=35,089円
(二) 慰謝料 金一一〇〇万円
あき子が、本件事故によつて前記のような重傷を受け、しかもその結果死亡するに至つたことによつて味わわされた心身両面にわたる苦痛はとうてい筆舌に尽くしがたいものがあつたから、その慰謝料額としては、これを金一一〇〇万円と評価するのが相当である。
(三) 入院・治療費 金五五万二五七〇円
あき子が本件事故に遭遇してから前記のごとくに死亡した日までの延べ六日間にわたる入院・治療費の合計額は金五五万二五七〇円である。
(四) 以上(一)ないし(三)に記載したように、あき子は、本件事故によつて、右(一)ないし(三)記載の各金員の合計額である金一九二四万七三九〇円の損害を被つたものというべきであるから、被告に対して、該金員(正確には、「該金員とこれに対する本件事故日である昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金」と表示すべきであるが、以後も表現の便宜ないしは簡略化のため、特段の必要のない限り、上記のような表示方法によらないこととする。)を賠償すべきことを請求しうる債権を取得したものというべきである。
4 あき子の死亡による原告らの相続
(一) ところで、原告澤田正(以下、単に「原告正」という。)はあき子の夫であり、原告澤田正子(以下、単に「原告正子」という。)は、原告正とあき子との間の長女であり、また、原告澤田冨士子(以下、単に「原告冨士子」という。)は、原告正とあき子との間の二女であつて、原告三名のほかにあき子の相続人はない。
(二) しかして、原告三名は、あき子が本件事故に起因して死亡したことにより、法定相続分に従つて、あき子が被告に対して取得した前記3の(四)の金一九二四万七三九〇円の損害賠償請求債権を相続・承継した。
(三) そして、原告三名があき子から相続・承継したあき子の被告に対する前記損害賠償請求債権を原告三名の前記法定相続分に従つて算出すると、左記計算式のように、原告正の相続分が金九六二万三六九五円となり、原告正子及び同冨士子の相続分が各金四八一万一八四七円ずつとなることは、算数上きわめて明らかである。
(1) 原告正の相続分
19,247,390円×1/2=9,623,695円
(2) 原告正子及び同冨士子の各相続分
19,247,390円×1/4=4,811,847円
5 本件事故によつて原告正の被つた損害
原告正は、あき子の夫として、あき子の葬儀を執行・主宰し、その葬儀費用金七〇万円を出捐・支出した。
6 原告らが上記3及び5の各損害金に対してこれまでに受け取つた損害賠償金額
(一) 被告との間に自賠法に基づく保険契約を締結していた富士火災海上保険会社から受け取つた保険金
(1) 原告正 金七五二万五五〇〇円
(2) 原告正子 金三七六万二七五〇円
(3) 原告冨士子 金三七六万二七五〇円
(二) 被告から前記3の(三)の入院治療費の全額支払いを受けたので、原告三名は、該受領金員をあき子の相続人としての法定相続分に従つて分配・取得した。原告三名が該受領金員をこのようにして分配したことによつて取得した具体的金額は左記のとおりである。
(1) 原告正 金二七万六二八五円
(2) 原告正子 金一三万八一四二円
(3) 原告冨士子 金一三万八一四二円
(三) 原告正は、被告から、上記5の葬儀費用の一部として、金四〇万円を受領した。
7 本件訴訟の提起・追行によつて原告三名が負担・出捐すべき弁護士費用
原告三名は、被告が、原告らに対して負担する上記4の損害賠償金支払義務及び原告正に対して負担する上記5の損害賠償金支払義務の相当部分を任意に履行しなかつたため、弁護士由良久に本訴の提起・追行方を委任するのやむなきに至つた。しかして、原告らが右弁護士に対してその支払いを約諾した報酬金額は、それぞれ左記のとおりである。
(一) 原告正 金四八万五二〇〇円
(二) 原告正子 金一四万八四〇〇円
(三) 原告冨士子 金一四万八四〇〇円
8 以上の事実関係に徴すると、原告らは、被告に対して、それぞれ以下のとおりの損害賠償請求債権を有するものであることが明らかである。
(一) 原告正の損害賠償債権金額
前記4の(三)の金九六二万三六九五円と前記5の金七〇万円に前記7の(一)の金四八万五二〇〇円を合算した金一〇八〇万八八九五円から、いずれもすでに受領・取得ずみの前記6の(一)の(1)の金七五二万五五〇〇円と前記6の(二)の(1)の金二七万六二八五円に前記6の(三)の金四〇万円を合算した金八二〇万一七八五円を控除した残額である金二六〇万七一一〇円とこれに対する本件事故の日(昭和五六年一〇月三一日)以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
(二) 原告正子及び同冨士子の各損害賠償債権金額
前記4の(三)の各金四八一万一八四七円と前記7の(二)又は(三)の各金一四万八四〇〇円とを合算した各金四九六万〇二四七円から、いずれもそれぞれ受領・取得ずみの前記6の(一)の(2)又は(3)の各金三七六万二七五〇円と前記6の(二)の(2)又は(3)の各金一三万八一四二円とを合算した各金三九〇万〇八九二円を控除した残額である各金一〇五万九三五五円とこれに対する本件事故の日(昭和五六年一〇月三一日)以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
9 よつて、原告正は、被告に対して、前記8の(一)の損害賠償債権元本金二六〇万七一一〇円とこれに対する前記昭和五六年一〇月三一日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるために、本訴請求に及んだものであり、また、原告正子及び同冨士子の両名は、それぞれ、被告に対して、前記8の(二)の各損害賠償債権元本金額よりも少ない各金一〇五万八九五五円とこれに対する前記昭和五六年一〇月三一日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるために、本訴各請求に及んだものである。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)の事実はこれを認めるが、請求原因1の(二)の事実はこれを否認する(なお、本件事故の発生状況の点については、後記「被告の抗弁」欄1の記載を参照のこと。)。
2 請求原因2の(一)の事実はこれを認めるが、請求原因2の(二)の事実はこれを否認する(なお、請求原因2の(二)の事実の有無に関連する諸点については、後記「被告の抗弁」欄1の記載を参照のこと。)。請求原因2の(三)の主張は、これを争う。
3 請求原因3の(一)の(1)の(ア)の事実を認め、請求原因3の(一)の(1)の(イ)及び(ウ)の主張を争う。請求原因3の(一)の(2)の(ア)の事実を認め、請求原因3の(一)の(2)の(イ)の主張を争う。請求原因3の(二)の金額の点を争う。請求原因3の(三)の事実はこれを認める。
4 請求原因4の(一)の事実はこれを認める。請求原因4の(二)の事実は、そのうちの損害賠償債権額に関する部分を争うが、その余の部分はこれを認める。
5 請求原因5の事実は、そのうちの費用額及び該費用の負担者に関する部分を否認する。
6 請求原因6の事実はすべてこれを認める。
7 請求原因7の事実は知らない。
8 請求原因8の主張を争う。
三 被告の抗弁
1 過失相殺
(一) あき子は、本件事故発生当時、すでに日没時刻も経過して周囲が暗くなつていたのに、歩車道の区別が縁石によつて明確にされている通常は交通のひんぱんな本件道路の車道部分上をあえて一輪車を手押ししながら歩行していた。
(二) かてて加えて、被告運転の加害車が、該縁石から一・三メートルくらい道路中心寄りの車道上を時速約四〇キロメートルの速度で東進(直進)しながらあき子に接近していたのに、あき子においては、軽率・無謀にも、該車道を横断しようとし、又は手押ししている一輪車の方向を変換しようとして、にわかに被告の運転する加害車の進路直前に飛び出して、本件事故に遭遇するに至つたものである。
(三) 上記(一)及び(二)の事実関係に徴すると、本件事故は、あき子の上記のような過失と被告の前方注視義務懈怠という過失の双方が競合することによつて発生したものというべく、本件については、あき子の前記過失の態様等に照らし、あき子の側に三割の過失があつたものとして、過失相殺がなされてしかるべきである。
2 弁済
(一) 本件事故に起因して発生した損害の賠償として、すでに富士火災海上保険会社及び被告から請求原因6の(一)ないし(三)記載の各金員が原告らに対して支払われた(なお、被告らが受け取つた請求原因6の(一)記載の保険金のうちにはあき子の葬儀費用の一部金二〇万円が含まれている。)。
(二)(1) 被告は、右(一)記載の金員のほか、あき子の葬儀に際して香典として金五万円を支払つた。
(2) しかして、いずれもあき子の相続人である原告らは、その相続分に応じて右香典金額(五万円)を分配・取得したものというべきであるから、そのことによつて当然に、原告らの被告に対する本件各損害賠償債権額は、その限度において減少するに至つたものというべきである。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1の(一)の事実はこれを認める。
(二) 抗弁1の(二)の事実はこれを否認する。ちなみに、本件事故直前におけるあき子の行動等は以下のとおりであつた。すなわち、(1)あき子は、もともと本件道路の南側歩道部分を一輪車を手で押しながら東方に向かつて歩行していたが、本件事故以前に、本件道路の北側歩道部分に進入しようとして、まず南側歩道部分から本件道路の車道部分上に進出して、該車道部分を南から北に横断した。(2)あき子が右車道部分の横断を終わつた場所付近では、該車道部分とその北側の歩道部分との間に縁石による段差が存在しておつて、この縁石が車道部分と歩道部分との間の障壁的な役割を果たしていた。(3)そのために、あき子は、一輪車を手押してただちに北側車道部分に進入することが若干困難であると判断し、右のような段差がとぎれているいわゆる段差の切れ目のある場所までは、車道部分上の該縁石寄りの部分を進行しようと考えた。(4)あき子は、上記(1)ないし(3)のような状況・経緯のもとに、自己の行動がなんら軽率・危険なそれでないことを確信しながら、本件道路の車道部分上をその北側歩道との間の縁石に沿うようにして、一輪車を手押しして東方に向かつて歩行していたところ、該車道部分上を後方から東進してきた被告運転の加害車に追突されて、本件事故に遭遇した。
(三) 抗弁1の(三)の主張を争う。
2 抗弁2の(一)の事実及び抗弁2の(二)の(1)の事実はいずれもこれを認めるが、抗弁2の(二)の(2)の主張を争う。
第三証拠
当事者双方による証拠の提出・援用及び書証の認否の関係は、本件記録の証拠目録欄に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 まず、請求原因1の(一)の事実は当事者間に争いのないところである。
二 つぎに、請求原因1の(二)の事実について検討してみると、いずれもその成立について争いない乙第一号証(司法警察員作成の昭和五六年一一月五日付実況見分調書)・同第二号証(被告の司法警察員に対する同月六日付供述調書)・同第三号証(被告の検察官に対する昭和五七年一月八日付供述調書)・同第四号証(被告の検察官に対する同月二八日付供述調書、なお、同号証については後記措信しない部分を除く。)の各記載に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故の発生状況及び該事故発生直前におけるあき子の行動等について、以下のような諸事実が認められる。すなわち、
1 被告は、加害車を運転して、前方に対する見とおしの良好(但し、本件事故発生当時における現場付近の明暗度の点を除く)なお本件道路の車道部分上を時速約四〇キロメートル(本件道路の制限最高時速は時速四〇キロメートル)の速度で東進・走行して本件事故現場付近に接近したが、加害車の当時の走行進路は、該車道部分の左側端から約一・三メートル中央線寄りの部分であつたこと。
2 他方、あき子は、もともと本件道路の南側歩道部分を一輪車を手押ししながら東方に向かつて歩行していたが、本件事故に遭遇する以前に北側歩道部分に渡ろうとして、まず、南側歩道部分から本件道路の車道部分に進入して該車道部分を南から北に横断し、ついで、本件道路の北側歩道部分に進入しようとしたところ、同所付近においては車道部分と北側歩道部分との間に縁石による段差が存在していたため、あえてこの段差をただちに乗り越えてまで北側歩道部分に進入するほどの必要はないものと判断し、かつ、このような縁石のとぎれている場所まで車道部分上の該縁石寄りの部分を歩行しても危険はあるまい、と考えて、該縁石よりも約一・三メートル中央線寄りの車道部分上を右縁石の線に沿うようにして一輪車を手押ししながら、東方に向かつて歩いていたこと。
3 被告は、加害車を運転して、前記1のごとくに本件道路の車道部分上を東進・走行するに際し、自己進路の前方を前記2のごとくにして同方向に歩行中のあき子の姿に全く気づくことなく、そのまま、あき子の後方から自己運転にかかる加害車をあき子に追突させて、本件事故を惹起したこと。
以上の諸事実が優に肯認できる。乙第四ないし同第六号証のうち、上記認定に抵触する趣旨に帰着する各記載部分は、前掲各証拠と対比してにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 そこで、さらに、請求原因2の被告の責任原因の点について考えてみると、まず、そのうちの(一)の事実は被告の認めて争わないところであり、また、そのうちの(二)の事実中、本件事故が自動車運転者に課せられた基本的な注意義務である前方注視の義務を著しく懈怠するという被告の過失に起因して惹起されたものである、という部分は、前項(第二項)において認定・説示した諸事実関係に徴して、これを推認するのに十分である、というのほかはない(もつとも、本件事故の発生については、あき子の側にも咎めらるべき若干の過失があつたことはとうていこれを否定することができない。なお、この点については、後記第五項の「過失相殺に関する判断」の欄参照のこと。)。
そして、以上のごとき事実関係に照らすと、被告は、民法七〇九条及び自賠法三条に基づいて、本件事故に起因してあき子が被つた損害は勿論のこと、さらに、あき子の夫である原告澤田正(なお、この身分関係は当事者間に争いがない。)が被つた損害をも賠償すべき責任をとうてい免れ得ないものというべきである(もつとも、この点についても、前示のごとく、本件事故の発生については、あき子の側にも若干の過失があつたのであるから、過失相殺の法理の適用により、被告の賠償責任の範囲があき子の過失割合に応じて縮減せらるべきは当然である。)。
四 そこで、以下に、請求原因3の本件事故によつてあき子が被つた損害額の点について検討する。
1 逸失利益
(一) 死亡による逸失利益
まず、あき子が大正一二年一月一〇日生れの女子で本件事故当時五八歳の健康な主婦であつた(なお、このことは前示のとおり当事者間に争いのないところである。)から、特段の事情の認められない本件では、もしも、あき子において本件事故に遭遇して昭和五六年一一月五日に死亡するに至るというようなことがなかつたならば、あき子は、同日以降も同年齢の女子の平均就労可能年数である九年間にわたつて主婦として働くことが可能であり、しかも、この間、当該年齢に対応する女子労働者の平均賃金額と同額の利益を挙げることができた筋合である、と推認すべきである。しかして、前記期間(九年間)中における右平均賃金の年額は、あき子の死亡年度である昭和五六年度の賃金センサス第一巻第一表(成立に争いのない甲第四号証)に記載された前記女子労働者の平均賃金年額である金二一〇万四九〇〇円を下廻ることがないものと認められるから、稼働可能な前記九年間の逸失利益につき、あき子自身の生活費割合を五割と認めたうえ、ホフマン式計算法による年五分の割合の中間利息と右の生活費をそれぞれ控除して、右の逸失利益額を事故当時の現在価格に換算すると、これが金七六五万九七三一円となることは、左記計算式(なお、この場合の新ホフマン係数は七・二七八である。)に徴して、きわめて明らかである。
2,104,900円×7,278×0.5=7,659,731円(但し、円未満切捨て、以下同じ。)
(二) 本件事故日から死亡日までの間の逸失利益
あき子が、本件事故に遭遇して、事故当時(昭和五六年一〇月三一日)から死亡日(同年一一月五日)に至る前後延べ六日間にわたり、入院して治療を受け、このために、右期間中全く働くことができなかつたことは、当事者間に争いのないところであるから、該期間中におけるあき子の逸失利益額を前記(一)の対応年齢女子労働者の平均賃金年額金二一〇万四九〇〇円を基礎として計算すると、これが金三万四六〇一円となることは、左記計算式に徴して、きわめて明らかである。
2,104,900円×6/365=34,601円
2 あき子の慰謝料
あき子が、本件事故によつて請求原因1のような重傷を被り、しかも、そのために事故日から六日目にあたる昭和五六年一一月五日に死亡するに至つたことは当事者間に争いのないところであつて、あき子がこのことの故に味わわざるを得なかつた精神的・肉体的苦痛がとうてい筆舌に尽くしがたいものであつたことは、もとより容易にこれを肯認することができる。そして、これに対する慰謝料としては、右の事情のほか、あき子の年齢などをも総合考量して、金一〇〇〇万円が相当である、と認められる。
3 入院・治療費
あき子が本件事故に遭遇した日から前記のごとく死亡するに至つた日までの間の入院・治療費が合計金五五万二五七〇円であつたことは、当事者間に争いのないところである。
4 そうとすると、本件事故に起因してあき子自身の被つた損害の合計額が、上記1ないし3の各金員の合算額である金一八二四万六九〇二円であることは計算上きわめて明らかである。
五 つぎに、被告の抗弁1(過失相殺の主張)について判断する。
本件事故の発生状況については、すでに第二項において認定・説示したとおりであるが、該認定・説示にかかる事実のほかに、本件においては、被告がその抗弁1の(一)において主張する事実のあること、すなわち、本件事故発生当時、すでに日没時刻が経過していた関係上、事故現場付近は暗くなつていたこと、及び、本件道路が、本件事故発生当時はともかくとして、通常は交通のひんぱんな道路であること、以上の事実は、いずれも原告らの認めて争わないところである。しかし、被告がさらにその抗弁1の(二)において主張するようなあき子の行動にかかわる事実については、なるほど乙第四ないし同第六号証中に被告の該主張に添うような趣旨にうかがわれる記載部分もないわけではないが、これらは、いずれも前掲同第一ないし同第三号証の各記載と弁論の全趣旨に対比して、たやすく措信することができず、他に被告の抗弁1の(二)の事実を認めるに足りる証拠は毫もこれを見いだし得ない。
しかして、前説示のごとき本件事故の発生状況及び本件事故現場の諸状況に徴すると、すでに第三項において説示したように、本件事故の発生については、被告の側に、自動車運転者の基本的な注意義務である前方注視の義務を著しく怠るという過失があつたことは勿論であるが、他方、あき子の側にも、通常は交通がひんぱんで、歩車道の区別のある本件道路の車道部分(もつとも、車道部分のうちでも、その左側端から約一・三メートル中央線寄りの部分であつたことは、さきに説示したとおりである。)上を日没時刻経過後に歩行していたという点において、自己の安全に対する配慮に欠けるところがあつたことはとうていこれを否定することができず、ひつきよう、本件事故は、被告の側の前説示のごとき顕著ともいうべき過失とあき子の側の前説示のごとき過失とが競合することによつて発生したものであることが明らかであるというのほかはない。そして、以上説示のような諸状況をあれこれ総合・勘案すると、本件事故に関するあき子の側の過失割合は、これを一割と認めるのが相当である。
そこで、あき子が本件事故に起因して被つた全損害額である前記第四項の4の金額一八二四万六九〇二円について過失相殺による一割の減額をすると、これが金一六四二万二二一一円となることはきわめて明らかであるから、あき子は、本件事故に遭遇して結局死亡するに至つたことにより、被告に対して、右金一六四二万二二一一円の損害賠償請求債権を取得したものというべきである。
六 そして、請求原因4の(一)及び(二)の各事実のうち、原告正があき子の夫であり、原告正子が原告正とあき子との間の長女であり、原告冨士子が原告正とあき子との間の二女であつて、右原告三名のほかにあき子の相続人がなく、原告三名が、それぞれ法定相続分に従つて、あき子の被告に対する損害賠償請求権を相続・承継した旨の部分は当事者間に争いのないところであるから、あき子の被告に対する前項末尾記載の金一六四二万二二一一円の損害賠償債権を原告三名のそれぞれの法定相続分に従つて計算すると、左記計算式のように、原告正の相続分が金八二一万一一〇五円となり、原告正子及び同冨士子の各相続分が各金四一〇万五五五二円ずつとなることもまた算数上きわめて明らかである。
(1) 原告正の相続分
16,422,211円×1/2=8,211,105円
(2) 原告正子及び同冨士子の各相続分
16,422,211円×1/4=4,105,552円
七 さらに、請求原因5の事実、すなわち、本件事故によつて原告正の被つた損害(葬儀費用)の点について検討するに、右事実のうち、原告正があき子の夫としてその葬儀を主宰・執行した旨の部分は、被告の認めて争わないところであり、また、右事実のうちのその余の部分、すなわち、同原告があき子の葬儀費用として金七〇万円を出捐・支出した旨の部分は、公知の風俗・習慣と現在の経済情勢に弁論の全趣旨を総合することによつてこれを肯認するのに十分であり、該認定を左右するに足りる証拠は毫もないから、結局、同原告は、あき子が本件事故に遭遇して死亡したことの故に右金七〇万円の損害を被つたものというべきであるが、さきに第五項において説示したように、本件事故の発生については、あき子の側にも一割の過失があつたものというべきであるから、原告正が被つた右金七〇万円の損害分についても、同原告が被告に対してその賠償填補方を請求しうべき金額は、これに一割の過失相殺をした金六三万円に減額さるべきこと当然といわなければならない。
八 つぎに、被告の抗弁2(弁済の主張)について判断する。
1 まず、抗弁2の(一)の事実(請求原因6の(一)ないし(三)の各事実と同旨の事実)は、当事者間に争いのないところである。されば、被告がその抗弁2の(一)の事実の欄において主張する弁済金額の限度で、原告らの被告に対する前説示の各損害賠償債権額が減少するに至つたことはいうをまたないところである。
2 さらにまた、抗弁2の(二)の事実のうちの(1)の点、すなわち、被告があき子の葬儀に際して香典として金五万円を出捐した旨の事実は、当事者間に争いのないところであるが、右香典の金額五万円が、通常、加害者から被害者の葬儀に際して提供・出捐される儀礼上の香典金額の範囲を超えるものでないことは社会通念に照らしてきわめて明らかというべく、したがつて、これが被告の原告らに対する前説示のごとき各損害賠償債務の一部弁済に充当せらるべき性質のものでないことはいうまでもないところであるから、前記香典金五万円の出捐をもつて、右損害賠償債務の一部弁済にあたる旨の被告の主張は、もとより失当として排斥を免れない。
九 以上説示の事実関係に照らすと、本訴の提起当時、原告らが被告に対して有していた損害賠償請求債権の元本額は、それぞれ以下のとおりであることはきわめて明白である。
1 原告正の損害賠償請求債権額
第六項記載の金八二一万一一〇五円と第七項記載の金六三万円とを合算した金八八四万一一〇五円から、いずれもすでに受領ずみの請求原因6の(一)の(1)記載の金七五二万五五〇〇円と請求原因6の(二)の(1)記載の金二七万六二八五円に請求原因6の(三)記載の金四〇万円を合算した金八二〇万一七八五円を控除した残額である金六三万九三二〇円
2 原告正子及び同冨士子の各損害賠償請求債権額
第六項記載の各金四一〇万五五五二円から、それぞれすでに受領ずみの請求原因6の(一)の(2)又は(3)記載の各金三七六万二七五〇円と請求原因6の(二)の(2)又は(3)記載の各金一三万八一四二円とを合算した各金三九〇万〇八九二円を控除した残額である各金二〇万四六六〇円ずつ
一〇 最後に、弁護士費用の点について検討すると、原告らが本件訴訟の提起・追行を原告らの訴訟代理人である弁護士由良久に委任したことは、記録等に徴して当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の内容・経過・本件の認容額に照らすと、原告らにおいて被告に対してこれが賠償方を正当に求めうる弁護士費用の額は、原告正のそれが金一〇万円であり、原告正子及び同冨士子のそれが各金五万円ずつである、と認めるのが相当である。
一一 以上の次第であるから、原告らの被告に対する本訴各請求は、そのうち、(一)原告正が被告に対して第九項記載の金六三万九三二〇円と第一〇項記載の金一〇万円との合算額である金七三万九三二〇円とこれに対する本件事故の日である昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、また、(二)原告正子及び同冨士子の両名が被告に対して第九項記載の各金二〇万四六六〇円と第一〇項記載の各金五万円との合算額である各金二五万四六六〇円ずつとこれに対する本件事故の日である昭和五六年一〇月三一日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度においては、いずれもその理由があるので、これらを正当として認容するが、その余の請求は、いずれもその理由がないから、これらを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担については民訴法九二条本文・九三条一項但書を、仮執行の宣言については同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 服部正明)